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「滴る水の教え」河北新報朝刊・寄稿コラム「微風旋風」No.2

 「滴る水の教え」

 忘れることのない大叔父の言葉。私が而立を迎えるまで彼はかくしゃくとしていた。祖母の弟で、仙台藩伊達家家臣早川家の末裔。武士の誇りとでも言えばよいのか、質素倹約で学問の人であった。幼き頃から仙台にある彼の茶の湯の庵「滴水舎」を訪ねたが、全てを見透かしているかのような、大叔父が放つ独特の緊張感の中で、「庭の草花に季節の移ろいを感じなさい」と諭した。常に周囲の変化に心を配りながら暮らすことを、彼は独自の言葉で「感情生活」と表していた。

 彼の一家は、明治期に武士身分を失った。戦前戦中の過酷な時代を生き抜いた。戦後は国立病院で事務や手術の記録絵画を描く仕事をしつつ庵を開き、老年期は茶人を貫いた。


 豊かさとは、芸術文化における「誠」とは何か。未熟な私に「勉強ではなく学問を」「慮る」「尋ねる」「内省と自己対峙」という命題を与えて、それらを感情生活の実践を通して学んでいけ、と導いてくれた。


 茶道の作法も教わった。しぐさや動きといった形の大切さだけでなく、わびさび、精神性、内面と向き合う姿勢など、所作が持つ意味を説いてくれた。邦楽の創作を始めたばかりの私に、世阿弥の「風姿花伝」にある「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」を問うた。今となれば、それが私の営みの座標となっている。


 成人の報告に大叔父を訪ねた日。彼は大層喜び、茶でもいれようと立ち上がった。両手に茶道具を持ち、あろう事か白足袋を履いた右足のつま先で襖を開けた。「忙しい時は足も使って」と、悪びれることもなくほほ笑んで言う。度肝を抜かれたがすぐに合点した。これも大叔父の言う感情生活なのだ。変化を察し、融通を利かせ対応する。「お前も今日から仲間だ」と、成人が許された気がした。

 お点前が終ったころ「足がしびれているなら崩しなさい。それで話が上の空になっては意味がない」「形は重要だが、それだけでは意味がない。表層ではなく深層を抱え持つ型でなければ」と助言をくれた。「型を身に付けていない者に型破りはない」のだ。自身の心の型を尋ねて行こう。いまだ初心のわれにまた言ってみる。


河北新報朝刊・寄稿コラム「微風旋風」No.2(2020年7月30日・文化面掲載)





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